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MBSラジオ『ななたび!』日記 #31~33 筑土八幡神社  (2021年1月17.24.31日OA分)

※この日記の放送は、こちらからお聴きいただけます。

#31 筑土八幡神社へいざ! 平将門公 北斗七星伝説 (MBS2021年1月17日OA分)

#32 筑土八幡神社その2 平将門公との関係性が無かったという事実 (MBS2021年1月24日OA分)

#33 筑土八幡神社その3 筑土八幡さんが見守ってきた時代の流れがおもしろすぎる! (MBS2021年1月31日OA分)

 

平将門公 北斗七星伝説の旅。
北斗七星伝説とは、『平将門公ゆかりの社寺などを線で結ぶと、北斗七星の形になる』というもの。

今回は、西から数えて3つ目にあたる筑土八幡神社さんへ。
新宿駅で総武線に乗り換え、飯田橋で下車。

いつものように迷いながら外にでると、橋が。

これが飯田橋なのね〜!!!
歴史を感じるわぁ。

さて、今回もGoogleマップ大先生に頼りながら、しばらく歩いて行くと、

この辺りは津久戸なのね!!!
でも、筑土八幡神社さんと、字が違う。なんでだ?・・・と思いきや、少し歩いた交差点に!!!

おぉぉぉ!あった〜!!!筑土八幡町!!!
ということは、神社はこの辺りのはず。

なんと!うっかり通り過ぎてました。
奥に筑土八幡神社さん、わかるかな???
ここ!!!

まさに、筑土八幡町の交差点にあったのです!!!
うっかり歩いてたら、これは見過ごしてしまう。
皆さん、ご注意を〜!

さて、改めて。
こちらが、筑土八幡神社さん。

立派です!!!
階段を上がると・・・

境内はとっても落ち着いていて、歴史ある素敵な雰囲気。
まずは、御本殿にご挨拶。

 

さぁ!約束の時間になったので、宮司さんをお尋ねしよう。
と、お伺いしたら、まさかのご不在!!!
なんでも急用ができたそうで、申し訳ありませんとのこと。

 

どないしよう・・・・・

 

途方に暮れる私を見て、

 

「私でよろしければ、お話しさせて頂きます。」

 

なんと、奥様がお話してくださることになったのです!!!
女神さまぁ〜〜〜〜〜っ!!!
ありがとうございます!!!

 

奥さま:私どもは、宇佐(今の大分県)、筑紫の国の宇佐八幡の宮土を礎としてもとめたので、その字を用いて筑土八幡ということになっております。

六車:なるほど〜。でもこの辺りの「つくど」は、字が「津久戸」になっていますよね。

奥さま:昔はこの辺りまで入江が来てたんですよね。昔は荷物を運ぶのに船で運んでましたから。それで「津」という字がついていたという話です。

六車:そうなんですね!!!では神社と町名、どちらが先なんでしょう?

奥さま:江戸時代は武士の町でしたから、町名はなかったと思います。明治になって、「八幡」があるから「八幡町」、さらに「筑土」とついていたので「筑土八幡町」とされたのではないかということですね。古くから神社があると、そのようにつけることも多いようですよ。

 

なるほど〜!!!

さて、筑土八幡神社さんの御祭神。

・応神天皇
・神功皇后
・仲哀天皇

そうですよね。
八幡さまといえば、こちらの三柱の神様です。

そうなのよ。
どう考えても、平将門公に関係があるとは思えないのよね。

 

六車:平将門公の北斗七星伝説に、筑土八幡神社さんが含まれていますが、、、

奥さま:江戸時代・徳川吉宗さんの時代に、もともと田安門にあったお社を筑土八幡神社の隣に引っ越しさせたと言われており、それが今の築土神社です。こちらは、平将門公にゆかりのあるお社です。

六車:そうなんですね!!!

奥さま:築土神社は『築土明神』と言いますから、明神さまだと思うんですね。それで平将門さんも一緒に祀ってらして、、、。まぁ江戸時代から二つの神社が隣どうしにあったから、こちら(筑土八幡神社)が(平将門公に)関係あるというお話になったのではないでしょうか。

 

そうなんですよね。
筑土八幡神社さんと築土神社さんが、隣どうしに並んでいる様子は、江戸名所図会にも描かれています。


出典:江戸名所図会

 

奥さま:吉宗さんの時代から考えると300年ほど隣どうしにあったのですが、元々は九段が氏子さんということで、戦後すぐ、そちらに越されました。長く2つ並んでいたので、お間違いになる方は多いです。ですから、築土神社さんの地図もちゃんとお預かりしています。

六車:あはは。やっぱり私のように、「将門公にゆかりがあるのはこちらですか?」と訊ねてくる人は多い?

奥さま:多いですね。ですから築土神社さんの由来書をお渡ししています(笑)

 

そうかぁ〜。
そりゃあ、ややこしいよなぁ。

筑土八幡神社さんと築土神社さん。
名前がそっくりな神社が、ずっと隣どうしに並んでいた。
そう思うと、北斗七星伝説が、うっかり間違えてしまうのも仕方がないのかも・・・?

 

奥さま:ですが、徳川家康さんの頃には、まだ隣にはありませんでした。

六車:!!!!!!!!!!!!!!!

 

そうか。そういうことか。
まず『北斗七星伝説』とは、徳川家康さんが江戸幕府を開くときに、鬼門に当たる場所に(平将門公が信仰していた妙見信仰の)北斗七星の形になるように将門公ゆかりの神社を置き、将門公にお守りしてもらったというもの。

だから隣どうしに並んでいたならば、うっかり間違えてしまって将門公に関係のない筑土八幡神社さんと間違えるのも、あり得なくはない。・・・と思ったのだが。
しかしだ。今の話でいうと、その頃にはまだ二つの神社は隣どうしにないわけだから、間違えようがない。

どういうこっちゃ???

 

奥さま:他に考えるとすれば、将門公とは関係なく、この場所を北斗七星の中に入れたという可能性は、無いとはいえないですよね。古い社ですから。家康さんの頃には、この神社はすでにありましたから。

六車:なるほど!!!筑土八幡神社さんが建てられたのって、嵯峨天皇の時代ですものね!

奥さま:そうですね。約1200年ほど前です。ですから家康さんの頃には、八幡神社としての社が何らかの形であったと思います。

 

そうか〜。
そもそも北斗七星伝説の真偽がわからないものではあるけれど、正しいとするならば
その可能性も、なきにしもあらずだなぁ。

 

六車:一説には、「筑土八幡神社に将門公の足がある」なんてのも目にしましたが・・・

奥さま:無いですね。将門公は、私どもの神社とは関係ないんです。

六車:ですよね。ほんと、私たちもしっかりと調べないといけませんね。

 

ということで、結論。

 

筑土八幡神社さんは、平将門公とは関係ございません!!!
皆さん、お間違いのないように、お願いいたします!!!!!!

 

そう。そこで改めて。
筑土八幡神社さんは、1200年もの歴史がある、素晴らしい神社。
参拝されたら、ぜひご覧いただきたいのがこちら。

庚申塔です。
通常、庚申塔は仏様や「見ざる言わざる聞かざる」の三匹の猿を刻んだものが多いのですが、
筑土八幡神社さんのは、ご覧のように雌雄一対の猿に桃の実なんです。
これは非常に珍しいものだそうですが、戦争で資料が全て焼けてしまったため、
なぜこのようなデザインなのかは全くわからないそう。もったいない。

ただ、御神輿だけは戦火を免れたそうです。
2つあるうち、1つは300年ほど前のもの、もう一つは百何十年前のもので、
後者は今、4.5年に一度は出しているそうです。

 

六車:御本殿は?

奥さま:もちろん焼けました。木造でしたから。

六車:そうかあ。。。

奥さま:応神天皇が戰の神様ですから、戦争中は凄かったようですよ。皆さん、ここに集まって出征兵士を送ったとか。

六車:へぇぇぇ!!!

 

さらに、面白いお話をしてくださいました。
筑土八幡神社さんのお隣の土地。もともとは筑土八幡さんの山だったそうですが、徳川吉宗さんの時代に田安からお社が越してきて、二つの神社が300年ほど隣どうしに並んでいましたよね。そして戦後すぐ、築土神社さんは氏子さんのいる九段へと引っ越します。

さて、この土地。その後どうなったのでしょうか。
聞けば、築土神社さんが越したあとは、漫画家の方が購入。しかし程なく売却。
その後は、なんと教会が購入。神社とキリスト教が隣どうしに並ぶというスゴイ景色がしばらく続きましたが、やはりこちらも売却。そして今、また工事をしています。

結局のところ、筑土八幡神社さんのお隣は、根付かない状況がずっと続いているそうです。
それはもしかしたら、八幡さまのお力なのか?
そこは分かりませんが、不思議で面白いですよね〜。

他にも、奥さまは神楽坂の花柳界のお話などもしてくださり、本当におもしろかったです。
その辺りはぜひ、ラジオでお聴きくださいね。

 

最後に、私がお伺いしたかったこと。

 

六車:こちらの別当寺は・・・?

奥さま:江戸時代は、神社のすぐ下にある無量寺が面倒を見ていたようですよ。

六車:わぁ!じゃあ、もしかしたらお隣にあった築土神社さんも見ていた可能性はありますよね〜!!!その無量寺さん、今は?

奥さま:今は無いです。詳しいことは存じませんが・・・。

 

うわぁ〜残念!!!

 

六車:では、その土地は今、どうなってるんですか?

奥さま:歯科大学かどこかがお買いになって、コート(練習場)になっています。

六車:では、そこを訪ねていけば・・・

奥さま:いえいえ、その前も一般の方の住居でしたから。

 

そうかぁ。。。
鎧神社さんななたびした後、別当寺である圓照寺さんにお伺いしたら、さらに面白いお話が聞けたから、ぜひ行きたかったのに〜!!!
しかし時代の流れを思うと、神社と別当寺の両方が残っているのは稀有なことなのかもしれませんね。

 

ということで、最初はどうなることかと思った筑土八幡神社さんのななたびでしたが、優しい奥さまのおかげで本当に興味深いお話をたくさん聞かせて頂きました。
奥さまのお人柄にふれて、私は大ファンになりました。

 

奥さま、本当にありがとうございました。
またぜひ、遊びに行かせてくださいね。

 

 

 

※この日記の放送は、こちらからお聴きいただけます。

#31 筑土八幡神社へいざ! 平将門公 北斗七星伝説 (MBS2021年1月17日OA分)

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