顎にデキモノができた。デキモノといっても一ミリも無いほどの小さなものだ。
この小さなデキモノは、何日経っても大きくならないかわりに、小さくもならない。
どう見てもニキビでは無いし、かといって湿疹でも無く、色は皮膚の色と同じで、痛くも痒くも無い。
しかし顎の下でプツっと自分の存在を主張している。
男性ならば気にならない程度かもしれないが、嫁入り前の娘としてはどうしても気になる。
私は皮膚科へ行くことにした。診察室へ入ると、優しそうな女医さんだった。
女医さんは、私の小さくて可愛いプツっとしたデキモノを見て、すぐに答えを教えてくれた。
『老人性のイボですね。』
おいおい、ちょっと待ってくれ。
うら若くは無いが、私はまだ30代半ばだ。結婚を夢見るレディに対して『老人性のイボ』とは、暴言甚だしい。
優しそうに見えた女医さんが、意地悪な鬼婆に見えた。
「先生、老人性のイボってどういうことですか?」
「歳をとると出てくるイボです。」
そのまんまじゃねーか。
つまり老人性のイボとは加齢によって出てくるイボで、早い人では20代から出るらしい。
ウイルスなどが原因では無いので人に移ることもないし、良性だから取っても取らなくても良いそうだ。
「取るにはどうすれば良いですか?」
「液体窒素をつけるだけです。冷たいですが、すぐに終わりますよ。」
私はドライアイスのようにモクモクと煙の出る液体窒素を、綿棒でつけてもらった。
大した痛みも無く、あっという間に終了。
鏡で見せてもらうと、私を悩ませていた小さなデキモノは、あっけなく消滅していた。
しかし、一難去ってまた一難。この小さなデキモノが、まさか『老人性のイボ』だったとは!
今度は心の中に、大きなしこりのようなデキモノができた。
私は、顔に『老人性のイボ』ができてしまった!
あぁ、まだ嫁にも行っていないのに、『老人性のイボ』が、、、。
いや。ちょっと待てよ。
そもそもいけないのは、このセンス無い名前だ。
なぜ、こうなった?もっと他にあっただろう?
患者としては、デキモノができただけでもテンションが下がっているわけですよ。
せめて名前くらいは、ポジティブなものをつけてくれても良いではないでしょうか。
たとえば、『イボンチャン』はどうだ。
「先生、このデキモノは何ですか?」
「あぁ、これは『イボンチャン』ですね。」
「イボンチャン?」
「そうです。これは大人のお肌に見られる可愛らしいイボのことです。イボンチャンは悪さをしないので、このまま飼うこともできますが、どうしましょう?」
こういわれたら、このデキモノに愛しさすら湧いてこないか。「もう少しだけイボンチャンを飼ってみよう」と思うかもしれない。
これは、どうだ?
「先生、このデキモノは何ですか?」
「あぁ、これは『イボリーヌ』ですね。」
「イボリーヌ?」
「そうです。これは成熟した大人のお肌に見られるエレガントなイボのことです。」
「わあ!私もやっとイボリーヌができるようになったのですね!」
「良かったですね!おめでとうございます!」
もはやイボリーヌは勲章であり、二人は固い握手を交わすはずだ。
どうだろう。お分かりいただけるだろうか?
要するに名前ひとつで、人の心は大きく左右するものなのだ。
年齢を重ねることは、美しいことである。
この小さなデキモノには、年齢を重ねることにワクワクできるような名前をつけて直して欲しいものだ。
※ 老人性イボは、脂漏性角化症(しろうせいかっかしょう)や老人性疣贅(ろうじんせいゆうぜい)とも言う。
六車奈々 会心の一撃!『ネーミングセンス』
https://note.com/nana_rokusha/n/n0425f91a85b2?magazine_key=md2a9509a0460